日記・コラム・つぶやき

希望のメッセージ

 4月16日付毎日新聞朝刊のコラム「余録」に、すてきな「希望のメッセージ」を見つけた。部分的に引用する。
余録:黒のアフタヌーン姿のヘレン・ケラー女史は…

 黒のアフタヌーン姿のヘレン・ケラー女史は二〇九番の船室で静かに語った--。1937(昭和12)年4月16日の東京日日新聞(現毎日新聞)夕刊は彼女の来日をこんな書き出しで伝えている。(中略)事実、滞在中各地で大歓迎を受けた▲70年後の今月12日、東京大学入学式で、福島智・東大先端科学技術研究センター准教授が祝辞に立った。小学3年生の時に光を、高校2年で音を失って盲ろう者となった。ヘレン・ケラーが世界で初めて盲ろう者として大学に進んだことを励みに大学進学を果たし、研究者として歩いてきた。国内では前人未到の道である▲「人間はひとりぼっちでは生きていけない」「どのような困難な状況にあっても、可能性がゼロになるということはない」。自身の体験からこの二つを学んだという福島さんは、「他者の立場を想像する力と、他者と協力しながら新しいものを生み出していく営み」こそが挑戦であると訴えた▲ヘレン・ケラーも珠玉の言葉を数多く残した。「知識は力なりという。しかし、私は、知識は幸福だと思う」「すべては驚きに満ちている。暗闇と沈黙の世界も例外ではない。だから、私はどんな境遇にあっても、満足することを学んだのだ(以下、略)

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賢く、強い医療消費者になるお手伝い

 先日、私が働くメディアに掲載されたがん関係の記事に批判の言葉が添えられ、メールで転送されてきた。ある市民病院に通院式化学療法センターが開設されたと伝えるもので、「飛躍的な成果が上がりそう」と書かれていた。医療ニュースの配信サービスでこれを読んだ私の主治医の目には「誤解だらけの記事」と映り、放っておけなかったようだ。
 私が読んでみると、確かに、致命的な事実誤認があった。「手術や放射線治療に比べ、化学療法は比較的安全・・・」。これはマズイ。さらに、通院での化学療法はすべての患者に適用されるものではないし、リスクもあるのに、手放しに「入院治療よりは患者の負担が減る」と書いているのが気になった。
 書いた記者は経験の浅い若手だろうと想像できた。それを思うと、私の胸はうずいた。今の私は、自分が患者なので、がんについて基本的な知識を持ち合わせている。しかし、「少年探偵団」と揶揄されるほど、こころもとない新人時代に、全く基礎知識が無く、時間的余裕もないなかで、医療記事を正確に書くことは極めて難しいなどと思ってしまった。
 しかし、読者に対して、そんな言い訳は通じない。主治医が指摘したように、とりわけ、がん患者は少しでも可能性が開けそうな情報があれば、希望を託してしまうのだ。
 本社で医療取材が長いベテラン記者に意見をきくと、化学療法への評価や「飛躍的に負担が減る」という表現には問題があるだろうということだった。
 そこで、主治医に改めて、記事の問題点を具体的に指摘してもらった。過去5年ほどの間に、化学療法が入院ではなく、外来で多く行われるように変わった背景には、病院の財政負担を軽減するという目的もあるとわかった。また、外来治療は、病状が軽い患者にとっては負担が軽くなるといえるが、そうでない患者には、副作用への不安、医療保険金がもらえないなどのデメリットがあることなども説明された。「負担」の中身を見極めないといけない、とクギをさされた。
 主治医のコメントは、記事を書いた記者の上司に送られ、注意を喚起することになった。私たちにとって、貴重なフィードバックとなった。
 医療問題は奥深く、自分が患者になったときも、報道する場合も、情報を的確に理解し、判断することは易しくはない。「HOPE★プロジェクト」では、立場が違う人々が交流を進め、主治医のような専門家の力も借りながら、医療についての理解を深め、願わくは、危機的とされる日本の医療の改善につながるようなことができればと考えている。まずは、賢く、強い医療消費者を増やすための活動を展開するつもりだ。

(M . I)

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